大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和50年(行ツ)65号 判決

大阪市西区江戸堀上通一丁目一番地

上告人

中川繁子

同所同番地

上告人

中川定治

兵庫県西宮市枝川町浜甲子園公団住宅四三号

上告人

木村清子

右三名訴訟代理人弁護士

石川元也

大阪市西区本田三番町一七番地の二

被上告人

西税務署長

多田正友

右指定代理人

平塚慶明

右当事者間の大阪高等裁判所昭和四四年(行コ)第三四号行政処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五〇年三月一二日言い渡した判決に対し、上告人らから一部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人石川元也の上告理由第一点及び第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び説示に照らし、すべて正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実を前提として原判決の違法をいうものであって、採用することができない。

同第三点について

所論の点に関する原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。所論違憲の主張は、原判決に右違法があることを前提とするものであって、その前提を欠く。それゆえ、論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林譲)

(昭和五〇年(行ツ)第六六号 上告人 中川繁子 外二名)

上告代理人石川元也の上告理由

一、はじめに

1 上告人らの被相続人亡中川徳雄は、大阪市西区土佐堀船町三九番地において、土地および建物を所有して洋服商店を営んでいたが、昭和三八年三月二日、右土地および建物を特定公共事業用として、阪神高速道路公団に買収され、その収用補償金として合計一、一八〇万二、二〇〇円の支払いを受けた。

亡中川徳雄は昭和三八年の所得税について、昭和三九年三月の申告に際し、右収用補償金はすべて対価補償金として、その余の事業所得のみを八八万六、二五〇円として申告した。

ところが、被上告人は、前記収用補償金のうち収益補償金及び経費補償金の合計額五八六万六、二〇〇円のうち建物対価補償金への振替えを認めた七八万四、〇〇〇円を控除した五〇八万二、二〇〇円は事業所得とみなし、前記中川徳雄の申告額に加算して事業所得金額を五九八万八、四五〇円と算定し、昭和三九年七月一七日付で、更正処分を行なった。

2 これに対し、亡中川徳雄は、右更正処分につき、その申告額をこえる部分は違法としてその取消請求訴訟を提起した。

一審大阪地方裁判所は、亡徳雄の相続人である上告人中川定治および被告側の職員等である証人中川芳一、同福田守邦を尋問し、かつ、書証を取調べた結果次のとおり認定した。本件収用に際しては、要するに中川徳雄の強く要求する代替家屋の提供に代えて、中川が見付けてきた代替資産の購入及び改造費に見合う金額を総額で一、一八〇万円ということで交渉妥結した。そして、公団内部の補償基準とつじつまを合わすため、中川徳雄に営業補償名下に補償金を算定するための資料の提供を求め、それが架空のものであることを承知の上、右総額に合わせて支払いをなした。一方、中川徳雄の購入した代替家屋の購入及び改造の費用は代替資産の取得価格及び移転に伴う経費と認めることができるとして、殆ど全面的に、右の更正処分を取消す判決を言渡した。

3 ところが、被上告人の控訴をうけた大阪高等裁判所は、さらに、上告人中川定治と、銀行員で不動産鑑定に従事している証人木村勝実を取調べたのみで、その証拠関係は、全く同一であるのに、一審の認定を不当にも全面にくつがえした。すなわち、中川徳雄より西区土佐堀上通一丁目一番地の土地、建物を代替物件として購入するため購入価格に改造費を加えた金額で、本件土地及び建物を買収してもらいたい旨の申出について、公団側は、裏付け資料の提出があれば、休業補償などにより補償金の上積みが可能であるとして、買収金額を確定した。本件買収の補償金のほとんどを中川徳雄は代替資産の取得費に充当しているが、それは実質的買収補償金に自己の事業所得を加算して代替物件を購入したものと解するのが相当であり、これらの補償額すべてに措置法三一条四項により課税さるべきでないとするわけにはいかない。

そして、中川徳雄の申告所得額九〇万六、二五〇円に補償金のうち四七四万〇、五七〇円を事業所得として加算した額を超える部分のみを取消すというように、大きく一審判決を変更したのである。

第一点 原判決には、理由に齟齬がある。

原判決が右のように一審判決を変更するについて、一審における証人中川芳一の証言、一、二審における中川定治本人尋問の結果(一部)を綜合するというが、右各証言と本人尋問の結果を綜合すれば、一審認定のとおりとならざるをえず、原判決には、明らかに理由にくいちがいが存する。

まず、中川定治の尋問結果は、一、二審とも終始、本件買収交渉において、移転先の確保ないし代替物件の提供による交換等を申入れていたことが明らかであり、最終的には中川徳雄において見つけてきた本件代替物件の取得改造費用を総額で見積り、これをもって、本件土地建物の買収費用とすることに合意したのであることが明らかである。

そして、証人中川芳一の一審における証言もこれを裏付けている。

「千百八十万円で手を打とうと、それにはこういうことで裏付出してくれというのか本筋じゃなかったんですか。- 千百八十万でいいならば、それに合うと申しますか、裏付けとなる資料をいただきたいということで資料をいただいてやったわけです。」(記録三三一丁)「一ペん仮りんでもいいが、千百八十万いう金額が決まったと、そこで裏付資料が見合うものが出て来たら確定するるとこういう関係なんですか そうです。」(三三二丁)「私どものほうで、万一、千百八十万ならばと申し上げておりましてもこの数字が出てこなければ、できないわけであります。」(三四〇丁)というように、当初から中川申出の金額に応じた総額での話合いが二月中旬にまとまり、それについて一応の資料がつじつまを合わせようとそれ以後書類提出を求めたことが明らかである。だからこそ、中川提出の乙三号証の一五ないし一八については、はじめからその内容の真実性については検討しなかったことが明らかなのである。

そして、三月二日契約成立に至る経過を見れば、その間の関係はいっそう明らかである。同日、公団との間の契約書は、甲四号証の一ないし三(乙二号証の七、乙三号証の一九、二〇と同一のもの)の三つの契約書であって、そこには、本件で争いとなる営業補償とか事業補償という名目はいっさいないのであるから、中川徳雄が、すべて移転補償と受取ったのも当然である。

かかる証拠関係が明白であるのに、これと全く異るどころか、正反対の判断を示した原判決は、著しい理由のくいちがいがあるものである。

第二点 原判決には、旧所得税法第九条一項の所得に関する解釈適用の誤りがあり、これは判決に影響を及ぼすことが明白である。

原判決は「亡徳雄の提出した右各書類(乙三号証の一四ないし一八など)に虚偽の記載があっても、又補償総額のほとんどが代替物件の取得代金に充当されたとしても右補償総額の構成に影響を及ぼすものではない」と判示している。(原判決一二丁裏)

しかし、徳雄の提出した各書類に多くの虚偽の記載があることは、公団側も承知のことで、それは補償総額を上積みするための作業であったのである。そうだとすれば、これは、明らかに、本件土地建物の売買価格の上積みにほかならないのである。この額のすべてが、仮に原判決のように「実質的な対価補償金として課税上の優遇措置を受けうべきもの」でないとしたところで、この補償総額と実質的な対価補償金を控除した残額が、直ちに、事業所得ということはできない。

むしろ、それは、旧所得税法九条一項八号の譲渡所得と解するのが相当である。ただし、公共事業用としての買収といえども、その本質は売買に相違ないのであり、その価格決定が、当事者の交渉で上積みされたとするならば、その分だけ譲渡所得があったとみるのが相当だからである。(現に、措置法第二章第四節第二款は、「収用等の場合の譲渡所得等の課税の特例」と題しているところでもある。)そして譲渡所得については、事業所得とは異なる控除が認められているのであり、それは課税所得額に差違を生ずることとなるから、判決に影響することが明らかである。

また、仮りに、右差額を譲渡所得と解することが相当でないとしても、これは、一時所得と解すべきであることは明らかであり、この場合も、右と同じく課税所得額に差違を生ずるのであるから判決に影響を及ぼすべき解釈適用の誤まりがあることとなる。

第三点 原判決が本件について、措置法三五条以下の居住用資産の買替えの場合の譲渡所得の課税の特例、同三八条以下の事業用資産の買替えの場合の特例の規定の適用を認めなかったのは、これらの規定の解釈適用を誤まったものであり、かつ憲法一四条にも反するものである。

原判決のように、本件が公共事業目的のための買収であって、収用者側がその内規等により営業補償名下で支払った金額について、その大部分が事業所得として課税されることとなるならば、通常の売買及びそれによる資産の買替えの場合に比べて著しい不利益を甘受しなければならないことになる。

すなわち、本件土地及び建物が、亡徳雄の居住用並びに事業用の資産であることは明らかであるが、これが一般市民間の売買であるならばいかに実質的対価を超えて売買せられたとしても、その金額で買替え資産を取得する場合においては、当時の措置法の規定により居住用部分については金額の制限もなく、また事業用部分についても一定の特例が認められていたのであり、それは、本件原判決のいう実質的対価補償額よりはるかに多額の控除がうけられるのである。

かかる規定の適用を認めないとすれば、それは憲法一四条違反を惹起することは明らかである。

以上、何れの点からも原判決は破棄を免れず、さらに相当なる裁判を求めるものである。

以上

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